コースターが増えている件 

休みなので、家のこと。どうでもいいような話ですが。

ふと気がつくと、やたらコースターが増えています。和洋、四季に合わせて、何十枚。お客様用よりも普段使い用が圧倒的に多く、それらは、端切れや余った毛糸で空き時間にちょちょいと作ったものがほとんどです。そしてそれを各部屋に何枚か置いています。テーブルに残ったコップの跡、何げに目立つじゃないですか?気になるのです。

 

手作りのコースター

マリメッコのテキスタイル、ブラウスを作り、バッグを作り・・・それでもまだ余る切れっ端はコースターに。かなり適当に縫ってる。

 

コースターに拘る理由はまだあります。グラスを口に運び、テーブルに戻すときに、置き場所が定まっていると、そこ目掛けてゆっくりと置くでしょう?その所作が美しいと思うのよね。私はもともと雑な人間だから、そういう所作が何げに出来る工夫をしなければならないの。それに、コースターの上にグラスやカップを置いた時の「収まり感」が好きなのよね~。

 

手編みのコースター

手編みのコースター。コットンの糸は春夏に、モヘアの毛糸は秋冬にぴったり。ちょっとした空き時間、テレビを見ながらでもすぐ出来上がってしまいます。

 

コースターといえば、思い出すこと。映画「SATC」に出てくるホームパーティで、主人公キャリーとゲイの友人アンソニーのやり取り

アンソニー:「コースターを使わないでテーブルにグラスを置くバカがいたから説教してやったわ!」

キャリー:「アリガト!」

キャリーが部屋をリフォームして、心機一転、再スタートを切るために開いたお披露目パーティでの会話です。こういうの気にする人、アメリカにもいるんだ!と思って(笑)飲み物に限らず、水ってどうも扱いが難しいです。ウッカリすると、ポタポタこぼしたり、あちこち飛び跳ねていくし。

 

幸田文のエッセイ「父・こんなこと」で、印象的だった言葉。彼女は言うまでもないですが、作家幸田露伴の娘。実母は早世、継母は才女であったけれど家事には疎く見込みのない人でしたから、父は娘に家事を任せることにし、徹底的に仕込むのです。そこで、本質をわかっている露伴の言葉が重い。

「水は恐ろしいものだから、根性のぬるいやつには水は使えない」

この脅しを舐めてかかった娘は、結局、廊下にいくつも水滴を垂らしまくり、父に「そーら、そらそら!」と叱られる。床に落とした輪じみは、すぐ拭かないと痕に残ることがあり、醜いものです。コレ、自分に言われているような気がして、読んでいて心に残ったのだと思います。根性のぬるい私は頭を叩かれたようでした。

未だ根性がぬるいので、水仕事では無駄な動きが多いのですが、この本の中で露伴先生に教えてもらって以後、精進はしてる。そしてコースターも使ってる。

 

 

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください