植物の生命力をいただく

今朝は七草粥をいただいた。

せりすずな ごぎょうはこべら ほとけのざ すずなすずしろ これぞななくさ(又は、はるのななくさ)

こうして名前を並べると、自然に五七五七七の和歌になります。

現在の七草粥の風習が庶民の暮らしに定着したのは、江戸時代頃と言われていますが、早春に野草や山菜を採り食すことは昔から行われ、万葉集にも歌が残っています。

ぱっと思いつくのは「君がため 春の野に出でて若菜つむ わが衣手に 雪は降りつつ」光孝天皇が親王時代に人に若菜を与えた時の歌だそう。若菜は無病息災を願い食べたり人に贈ったりするものだったのです。当時は冬の間新鮮な青物を口にすることが珍しく、ビタミン不足だったのかもしれません。雪の間から見える若葉が、どれほど待ち遠しかったか、貴重なものだったか。

今はそんな若菜がスーパーでパック詰めになって売っています。寒さに凍えることなく手も汚さずに七草粥を作ることができ、風情はないけれど有難いですね。

 

朝食に七草粥。温まりました。我が家の朝食は6時~6時半頃、まだ夜明け前で暗いです。

 

お正月に「巨樹百景 神様の木に会う」という番組を見ました。

樹齢3000年とか、想像も出来ない程の長い時間、そこに立っている木が、たくさん紹介されていました。樹皮は荒くれ、根は地面をしっかりと掴み岩のように盛り上がっていました。それでもその枝先には毎年新しい芽が出、葉はうぶにそよぐのです。そんな老木も、さかのぼって想像するに3000有余年前は、種子から双葉をのぞかせたばかりの瞬間があったはず。

植物の種類によって長命や短命なもの色々ありますが、総じて植物は人間よりも遥かに強い生命力を持っているのだから、その途方もない可能性のある素晴らしい命を若葉のうちにいただくことは、生命力をいただく行為そのものなのですね。

その植物の生きる年月を、私が変わりに引き継がなければ、植物が浮かばれないな。これは魚や動物にも言えることですよね。

そんなことを改めて考えると・・・

ボーッと生きてんじゃねーよ、ですね。

 

 

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