春メク

すっかり春めいてきました。

本日は春分の日。祝日法によると「自然をたたえ、生物をいつくしむ」日らしいです。

へぇーと思いつつ庭に出ると、あちらこちらにウブな緑が目に入ります。

枝先に止まった小鳥たちは盛んに囀っていたかと思うと、ある二羽はまるで追いかけっこをするかのように生垣の中を駆け回っています。茂みの中をよくもあんなスピードで飛び回れるものだと感心して見ていました。

厳しい冬を乗り越え、生きてまた春を迎えられたことが嬉しい・・・生き物たちはそんな喜びを全身で表しているかのよう。

本当に愛おしいです。

 

テラスにて。良い香りがするなと思ったら、ずーーーっと蕾だった沈丁花がついに咲いていました。春の初め、象徴的な香りです。

 

さて春と言えば、就職や進学で新生活をスタートされる方も多いのでは?

新しい環境に新しいモノ、いいなぁ。

実際そうなると大変なことは想像出来ますが、私には新生活という響きが羨ましくて仕方がありません。

長年そういう状況にいないため、暮らしがすっかりマンネリ化しているのです。身体に合わない不便ささえも変に慣れてしまっていて、だからいつまでたっても治らないのですね。

そこでリニューアルを企画。手直なところで事務所のインテリアを変えてみようと思い立ちました。家具から配置からガラリと変える大がかりなものを考えています。

思いつきのようですが、これはafterコロナを見据えての投資にもなりそう。時間がかかる環境整備を少しづつやっていきたい。

 

バラの鉢でコガネムシ除けに植えている黄水仙が咲いて。事務所の窓辺に飾るとそこだけ陽だまりのような明るさです。

 

事務所は本当に小さな空間なので、いまのレイアウトしかないと思い込んでいるフシがありましたが、変えようと思った途端、色々なアイデアが浮かんできます。

いらしたお客様にも特別な時間を過ごしていただけるよう工夫をしようと思います。

(考えるだけで終わらないようにブログに書いてみました)

 

 

ディスプレイガーデンの剪定

このごろは急に暖かくなりましたね。

今朝庭に出ると、一昨日たっぷり降った雨のお陰もあるのか、いくつかの落葉植物が芽吹き始めていました。クリスマスローズや水仙、匂いスミレといった花たちもようやく開花。例年よりだいぶ遅いように思います。

 

++++++++++++

 

さて、先週末にディスプレイガーデンの剪定を済ませました。(ディスプレイガーデンとはディアガーデンの建物まわりに作った庭のことです)

私は、樹形を作り直す時は冬季に、整枝のみときは夏期に、と木の状態と目指すイメージを元に剪定時期を分けており、だいたい1年半に一度くらいの割合で同じ職人さんに剪定をお願いしています。

今回の剪定は、芽吹き前ギリギリですが冬季剪定にあたり、生垣1ヶ所と落葉樹1本の樹形を作り直してもらうのが主な作業となります。

 

テラスのイロハモミジを剪定してもらっているところ。この木はもうグングン成長しなくなりました。モミジは自然な樹形を楽しむ木ですから、職人さんもむやみに鋏を入れません。

 

樹形を作り直す作業一つ目は、テラスにある針葉樹(レイランドヒノキ)の生垣。

この生垣は、テラスのプライバシーを保つ目的で隣地境界に沿って植えていて、いつも高さ2.5m厚み70~80cmに整えてもらっていますが、年々頂部の枝が混んで茂みのようになってきました。頭でっかちは不格好だし、こうならないようしてきたつもりですが、樹勢には勝てませんでした。

多くの針葉樹は細長い樹形をしていることからも分かるように、枝の伸長に比べ、幹の伸長の方が早い。頂部はよく日が当たるため、どんどん新しい枝も出ます。だから生垣の下の部分と同じ幅で刈りこんだとしても、頂部の方が葉が密集してしまうのです。

そんなことで、今回の剪定では頂部を作り直そうと、茂ったてっぺんを幹ごとバッサリ切断してもらいました。

 

頂部(丸印の部分)を幹ごと大きく切断。この生垣はプライバシーを保つ役割があるので側面の枝はいい感じに残してくれました。

 

上から見た状態。頂部がなくなりぽっかり穴のあいた状態です。頂部が無くなったことで内部にも日が当たり、もしかしたら下枝の幹元から新しい芽が吹いてくるかもと期待しています。

 

これから頂部に出てくる小さな芽を育て、それがいい感じに茂ったところで側面の枝を揃えて切り、横から見ると上がやや狭い台形になるように整えていきます。これが生垣の理想の形です。

そう分かっていても、樹勢が強いと、いつの間にか頭でっかちな生垣になっちゃうんですよね。

この生垣が理想の形に戻る迄には数年かかりそうですが、職人さんがプライバシーが保てるように上手く切って下さっているので全然待てます。

 

++++++++++++

 

話しは飛びますが、2年程前だったか。この生垣にカルガモが来たことがあったっけ。

生垣のてっぺんは柔らかい葉が茂っていてイイ感じの幅で平ら。羽を休め、日向ぼっこするに格好の場所と映ったのでしょうね。

 

レイランドヒノキの生垣の頂部が茂り過ぎてすごい厚みに。カルガモがとまった時は流石に驚き、生垣の形を何とかせねばと思ったわけです。

 

庭は自然の一部でもあるので、当然ながら生き物たちもやってきます。

実際ディアガーデンの庭も、野生動物の通り道になっているようで、色々な生き物を見ます。冬の小鳥以外は呼んでいるつもりはないけれど、多様な植物が育っていて潜む場所があるので、勝手に集まってくるのね。

そういえば、いまイギリスでは生き物を積極的に呼ぶ庭が話題になっているそうです。コロナ禍で身近な自然への関心が高まっているのでしょう。今年2月NHK「ダーウィンが来た」で取りあげられ、私も興味深く拝見しました→「大人気!生きものを呼ぶ庭の秘密」

私はこの番組に登場する庭の持ち主ケイトさんのように、どんな生き物でも大好きってわけじゃないから、突然の訪問にはいつも驚いてばかりです。心臓に悪いので、ある程度大きな生き物(カルガモとか 笑)は、出来れば遠慮してもらいたいというのが本音です。

そうは言っても向こうは勝手に来るからなぁ。大方においては共存していくのでしょうね。

 

++++++++++++

 

さて、本題に戻って。

もう一か所大きく切ったのは、前庭のエゴノキです。

この木は今の樹形があまり気に入ってないことに加え、大きさ調整する意味もあって、幹の更新をしました。

5年前にも一度太い幹を何本か切りましたが、そのとき残した親指くらいの太さの幹が今はもう直径10cmくらいになっています。そのくらい樹勢が強い木なので、少々手荒なことをしても、ビクともしないと甘えて切るのです。

 

赤い丸の部分を切りました。左のエゴは幹ごと切る大手術を。右のアオダモは前回切ってからあまり成長していないので、樹形を少し整える程度に切っただけ。

 

庭で大きくなり過ぎた木にお困りの方、このように樹形を作り直してみてはいかがでしょうか。

参考になれば幸いです。

 

++++++++++++

 

木を剪定すると、害虫退治が出来ることも大きなメリットのひとつです。

枝葉についている害虫の卵や幼虫の一部は、剪定と共に取り除かれます。

ディスプレイガーデンの害虫は、レイランドヒノキにつく「スギドクガ」やヒイラギモクセイについく「ヘリグロテントウノミハムシ」。「ミノムシ」はそこら中にいますが、これらが剪定と共に大部分処分されたのではと思います。

 

レイランドヒノキにはスギドクガの幼虫がいっぱいいたようで、剪定枝についていた虫はそのまま処分されます。職人さんの軽トラが虫だらけになってしまって申し訳ありません。

 

ヒイラギモクセイの生垣。剪定してもらうとスッキリ気持ちいいだけでなく害虫も一部取ることが出来ます。端正な雰囲気というか風格も少し出てきたような。

 

害虫対策は、まずは環境に合うものを植えること。そして植物の健康に気を配り、剪定で風通し良く保ち、害虫を発生させないことです。次は日々の観察を怠らず、蔓延しないうちに手で取ったり剪定で取ったりする。手に負えない場合の最後の手段が農薬です。

定期的な剪定は色々な意味でおススメです。

 

 

庭仕事の真髄

ロシアのウクライナ侵攻が続いています。いやプーチン大統領の侵攻というべきか。

メディアで日々目にする悲惨な状況と、停戦交渉の進展のなさに、悲しみと苛立ちを感じています。

私はこの数週間、心はそのような状態で、昼間は庭作りの現場に通い、夜はある一冊の本を読んで過ごしました。

「庭仕事の真髄-老い・病・トラウマ・孤独を癒やす庭」(スー・スチュアート・スミス著 和田佐規子訳)です。

著者はイギリスの著名な精神科医・心理療法士。

彼女の存在は実はずっと前から知っていました。というのも、彼女の夫は有名ガーデンデザイナーのトム・スチュワート・スミス氏で、彼の庭に少なからず影響を受けていた私は、彼の本を持っていて、その中に彼女はご家族として登場していたからです。それでも精神科医をされていることは存じ上げませんで、この「庭仕事の真髄」を手に取ったとき初めてつながったわけ。

スミス家の広大な庭で、彼女もガーデナーとして野菜や草花を育てておられますので、ご自身の体験に基づく言葉がときどき現れます。臨床研究や論文について語る部分に対して、それがとても読みやすくて好きです。

 

ディアガーデンの本棚。最近この棚に加わった「庭仕事の真髄」と2012年に買った「The Barn Garden」。並べた2冊の著者はご夫婦です。

 

 

本書は自然と庭仕事が精神の健康に与える影響を色々な面から論じた一冊。

園芸療法についても詳しく書かれています。

庭は精神的に追い詰められた人々にとって文字通り安らぎの場所。病を患う方、ケガで身体の一部を亡くした方、貧困に苦しむ方、精神障害を持つ方、犯罪に手を染めてしまった方、人生の終わりを迎える方など、立場は色々ですが、自分の居場所を見つける一助として庭仕事と出会うのです。

戦闘の最中、塹壕(読み:ざんごう。戦場で歩兵が敵弾を避けるために作る防御施設。)に庭をつくる兵士の話、戦争捕虜や復員兵士について書かれている部分もありました。一部抜粋します。

 

驚かされるのは、庭付きの塹壕は決して珍しいものではないことと、敵味方両サイドの兵士たちが同じ様に作っていたということだ。「まず、小さな菜園、そしてその隣に小さな花の庭、そしてその横は小さな墓地、そしてそれから同じような繰り返しだ。」

兵士のギレスピーは「毒ガスが吹き下ろされてくると危険なので、防毒マスクを首のまわりにつけて、風の様子を見ていた。庭は花盛りだ。スズラン、パンジー、忘れな草など、お馴染みの花がたくさん。水やりで忙しい」と書いている。

 

生と死が奇妙に入り混じっているこの光景に不思議さを感じずにいられようか?!しかし兵士は塹壕で母と庭の夢を見るのです。その夢は安全な家への憧れ。庭は心理的な命綱となってくれていたのだと、スーさんは考えます。

 

戦争から戻った人々は生きることへの愛着状態が新しく作り出されない限り、このような人々は、仕事にも漬けない状態で、社会的に孤立してしまい、生きることからすっかり手を引いてしまう危険があった。

心的外傷は、土台から根こそぎ動かしてしまうようなやり方で、心の中の風景を変えてしまう。ガーデニングで身体を使って動くことは、その意味で重要なのだ。爪の下に泥が入り込む、自分自身を土の中に埋め込むような感じ、そしてその過程で、その場所へ、そして命へと繋がっているという感覚を再構築するのだ。

 

戦争に関する章を読み進めながらウクライナで戦っている兵士たち、そこに暮らす人々のことを思わずにいられません。

生き残れても、心の戦いは、たとえ物理的な戦争が終わった後もずっと長く続くでしょう。

それは侵攻を受けた側だけでなく、侵攻した側の兵士たちも同じ。元の精神状態に戻るのは難しいし、回復への道のりは長い時間と痛みを伴うもの。想像を絶する道のりなのです。

だから戦争を始めた者の罪は極めて重い。

しかし、庭仕事が一筋の光を与えるのには違いないのです。

庭仕事がここまで人に影響を与えるものなのかと、これ程考えさせられる本はないかもしれません。

 

ケネス・ヘルファンド(歴史家)は著書「挑戦的な庭」の中で次のように述べている。

「平和とは単に戦争がないというだけではない。胸を張って主張するものだ。庭は単なる避難や小休止ではなく、積極的に目標を、手本を示すものだ」

 

とても部厚い本でまだ全てを読み切っていませんし、理解もできていません。

何度も何度も読み返すことになりそうな一冊です。