晩秋の眼福、教林坊の散りもみじ

師走に入るのに合わせたように気温が下がり、ついに大好きな秋が終わってしまうのだなぁと残念に思うこのごろ。

色鮮やかな紅葉もピークを過ぎて、いまは散りもみじの見頃です。

秋の名残りを探して、夕暮れ時に教林坊に出掛けました。

こちらはディアガーデンからは車で15分ほど。同じ市内にある天台宗の古寺で、小堀遠州作とされる名勝庭園は紅葉の名所です。

この前に来たのはコロナ前で香道体験の時だから・・・3年ぶりかな。近いのでたまに訪れていますが、夕暮れ時は初めて。わざわざこの時間に合わせたのは、ライトアップしたお庭を見たかったからです。

 

本堂へと進む小道で、苔むした石に舞い落ちたモミジの葉。見上げていた時とはまた違う風情ある景色。

 

山門をくぐり、山に向かって緩やかに上る園路を進むと、そこは朱に染まる別世界が広がっていました。まさにレッドカーペットです。

いつきてもこちらのモミジの美しさには圧倒されますが、秋から冬の狭間の散りもみじは、侘びた感じもして、俗世のしがらみを忘れさせてくれるような美しさです。

 

このお庭は回遊式。山の急こう配を利用して作られており、かなり上から眺められるのが魅力です。瓦屋根に積もる落ち葉も絵になりますね。

 

このお寺は長い間、見捨てられていた歴史があって、それが木にとっては都合が良かったのかもしれません。お陰で自然に伸び伸びと成長しています。

山裾にあるので、日が当たり過ぎず、土もいいし、山から流れてくる沢が庭を巡っていて、湿度も十分。散った葉は、湿り気を帯びるとしばらくは美しさを保ちますので、このような真っ赤な絨毯になるわけで。

開発された住宅地で、モミジを植え育てても、こうはなりません。

ここにくるといつも感動、自然への憧れ、嫉妬、・・・そんな気持ちが湧いて来て、何とも複雑です。

 

日暮れの書院。脇には小堀遠州作の庭だけに?水琴窟もあります。ここで香道体験した日が懐かしい。

 

この日は木曜日でしたが、撮影目的で来られている方、観光バスで来られたであろう方々が多数おられました。

来るたびに駐車場は大きくなっており、そこには他府県ナンバーがずらりと並んでいます。

近所過ぎてピンとこないのですが、SNS効果でしょうか?若い方も結構多くて、こんなに小さな集落の入り組んだところにまで紅葉狩りに来られるんだなぁと驚いてしまいます。

 

書院のインテリア。掛け軸のように見立てた窓です。季節によって景色が変わる掛け軸、ですね。

 

そうこうしているうちに夕闇が迫ってまいりました。

もしも一人でここにいたら、結構怖い時間帯ですが、この日はワクワクしかありません。

17時をまわるころ、照明が一斉に点灯。

残っている葉に照明が当たって、より一層赤く染まると、まるで木が迫ってくるような感じがします。

眼福です。

 

茅葺の書院とライトアップされたモミジ。きれいだ~。

 

 

ライトアップは自然にはない照らし方。太陽も月も上から降り注がれるもので、下からはありません。自然現象で敢えて探すなら、反射とか照り返しのような感じなので、非日常なのです。だから私たちはドラマチックに感じるのですね。

ひとつだけ気になるのは光源が丸見えなところ。

こういう自然な場所ですと、わざとらしいのは間違いなくて、しかも光量が大きいのでウッカリ見るとめちゃめちゃ眩しく感じてしまうのよね。そこ修正したら、もっと素敵になりそうです。

 

巨石を用いて鶴亀を表現する素朴かつ豪快な庭。照明が怪しいまでに紅葉を照らして。この日のベストショットかな。

 

ディスプレイガーデンのイロハモミジも半分ほど葉を落としました。

全部落ちるまで散りもみじを楽しんで、年末まとめて掃除しようと思います。

芽吹きからずっと私に喜びを与えてくれたモミジ。最後はコンポストの材料となります。

教林坊のお庭の散りもみじもきっと山や庭に返されるんだろうな。

 

クリスマスドア飾りに 存在感抜群のガーランド

クリスマスアドベントが11月27日(日)にスタート。

以前お知らせしましたように、今年は業務上の都合で、クリスマスワークショップの開催を見送り、代わりに材料キットのみをご提供しました。

お陰様で、材料キットはアドベント前に完売し、ご購入いただいた方から「来年はワークショップしてくださいね!」とのお言葉を頂戴し、申し訳ないやら有難いやら、です。

期待されているなんて、自分では思いもよらず、来年は何とか開催できればと考えております。

そんなわけで、例年ならワークショップの準備として、11月初めにクリスマス飾りを始めるところ、今年は何にも飾れていない状態・・・。

アドベントに入るのを機に、ドア飾りだけでも作ることにしました。

ベースは庭で育てているレイランディの枝。材料キットの残材も勿体ないので使い、ドイツトウヒの松ぼっくりだけ買ってきて、あとは在り合わせ。そんな適当な材料なんですけれど、何か新しいものに挑戦できないかなと試行錯誤の結果、素朴だけど存在感抜群のドア飾りが出来上がりました。

 

 

スワッグにしてはながーい、でしょ?

これはガーランドというものです。

綱状になっていて、クリスマス飾りとして欧米ではもっと長くして、ドアや窓とか暖炉の周り、階段の手摺りなどを装飾することが多いのですが、こんな風に短めならスワッグみたいにドアにも飾れます。

壁にかけてもいいし、テーブルセンターにしても素敵です。

紙で作るガーランド(誕生日にHAPPYBIRTHDAYのロゴ、フラッグなど)の方がイメージしやすいかもしれませんね。用途は同じなんですが、針葉樹の葉で作ると、俄然、クリスマスっぽくなりませんか?

 

クリスマスガーランド。スワッグより存在感がありますね。実際見るとすごいボリュームです。

 

ガーランドの作り方はリースと同じ。土台がリング状か棒状かの違いだけです。

初めて作ってみて、束ね方にちょっとしたコツはいるなと感じましたが、特別なテクニックは必要ありません。

材料キットの残材は、ほとんど20cmもない切れ端ばかりで、スワッグとしては役に立たないし、売り物にもなりません。けれど、ワイヤリングすればガーランドのポイントとして何とか使えます。ゴミにせず上手く活用できてよかったと思います。

 

緑のレイランディの葉に、残り物のブルーアイスとユーカリがアクセント。オーナメントはガーランドの長さにあうよう長い松ぼっくりを合わせました。

 

迫力満点のガーランド、次のクリスマスワークショップに提案してみようかな。

スワッグよりは若干難易度は上がりますけれど、挑戦したい方はいらっしゃるでしょうか?

 

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さて。

ガーランドを作ったあと、コロナワクチン4回目を摂取しました。

副反応が心配だったので、それまでに仕事や諸々、できることは片付けて置こうと予定して、結果、正解!

やっぱり、しっかり熱も出て、解熱剤のお世話になりました。

でも3回目に比べると、まだマシだったかな。今日は回復したので、ブログを書いています。

引き続き体調管理に気を付けて、師走を乗り切りたいです。

 

 

秋の夜長 灯火親しむべし

台風14号のあと、一気に秋めいた感じ。

猛暑日でないのは3ヶ月ぶりくらいでしょうか?「暑さ寒さも彼岸まで」などと申しますが、本当にそのように。

どうにか体調を崩さず夏を越せたという安堵感と、まだまだ台風シーズンなので(15号が接近中ですね)警戒心もあるし、でも大好きな秋を迎える高揚感もあって、色々な感情が湧いているこのごろです。

冷房なく過ごせるようになって、夜も寝苦しくなくグッスリ・・・あぁ、なんて快適なんだ!!!こういうのをずっとずっと待って耐えていたのです。

「暑さ寒さも彼岸まで」には、困難なことであってもやがては終わりは来る、辛抱していれば事態は好転する、といった意味合いもありますものね。

 

台風14号で所々茎が折れてしまったバーベナ・ボナリエンシス。同系の葉色のミツバハモゴウ「プルプレア」を添えて秋のテーブルフラワーにしました。今の庭の風景そのものです。

 

さて、これからはどんどん日暮れも早くなり、夜の時間が長くなります。

夜の時間をどう使おうかな?自分をどう癒してやろうかな?などと考えるのがこの時期の愉しみです。

まずは夜の自分時間を少しでも長く作るために、最近やっていること。それは夕食をごくごく軽めに済ますこと。

あとは寝るだけだから、腹五分くらいに抑えたとしても、成長期でもない中年夫婦には何の支障もありません。

元々は体重を減らしたい、それに、食品の値上げ分くらいは節約できるかもと、夫にも相談して始めたことでした。でもこれが意外と、家事の手間が減るというか、料理も後片付けもパパッと済んじゃうので、自分の時間が増えるし、精神的な余裕も生まれる様に感じています。

消化の負担が減るので内臓を休ませることが出来、睡眠の質が上がったようにも思います。

夕食の量を減らすことは、私にとって、今のところメリットしかありません。もっと早くからこうするんだったと思うくらいです。

 

食の質や愉しみは落としたくない。休日にはアペリティも少しだけ愉しんでます。秋冬は灯りを付ける瞬間が好き。ぬくもりを感じます。

 

そうして出来た時間、時には早々と寝室に入る夜もあります。

 

コロナ禍でおうち時間を充実させようと、自分好みの寝心地を追及して設えたベッドや寝具。ここに寝っ転がると昼間のストレスも忘れてしまう程の心地良さ。それ程、私の身体と感覚にフィットしているのです。

住環境というものが、心身に及ぼす影響って本当に大きいと実感しました。揃うまで自分の好みをあれこれ選別したりと、結構時間がかかりましたが、こだわって良かったと思います。

そんな大好きなベッドに寝ころび、小さな灯りの下で好奇心の赴くままにページをめくる時間の何と楽しいこと。気が付いたら夜中だったり、そのまま寝落ちしてたり。もしも翌朝早く目が覚めたら、また続きを読んでいることもあります。

室温もちょうどいい具合なので本に集中できます。秋って最高。

 

いま手許にある本。ヘンリー・D・ソロー関連本、先日亡くなった稲盛氏を偲んで一冊、最近注目している産婦人科医高尾美穂氏の本、それに生物系の本は何かしら必ず一冊。読みやすい本ばかり選んでるかも。毎月5冊以上は読みます。

 

今日は秋分の日、お彼岸の中日でもあります。

私は9月初旬に父の十三回忌法要で帰省した折、お墓参りもして戻ってきたので、この連休はのんびりしつつ少しだけ仕事をしようと思います。

シルバーウィーク後半、皆様もよい時間をお過ごしください。

 

 

またひとつ年取りました

暑中お見舞い申し上げます。

容赦ない熱波、暑気満ちるとはこのことか。コロナ第7波も心配です。

皆様どうかお身体をお労りくださいますよう。

 

ディアガーデンの事務所の窓下で咲くミツバハマゴウ。薄紫の花をふわりと咲かせて。暑くても文句も言わず、むしろ見る側に涼感を与えてくれます。

 

さて私事。

7月にまたひとつ年をとりました。

大病もなく幸せな気持ちで誕生日を迎えられたことをありがたく思います。それで自分へのプレゼントとして、硯を新調することにしました。

「端渓硯(たんけいけん)」という硯です。

端渓は、中国広東省肇慶市産の石の名前で、大変優秀な硯材なのです。

分不相応かな?と思いつつも、硯は長く使えるものですしね。書のお稽古のモチベーションが上がることを期待して、シンプルで実用的なものを選びました。

仮名用の小さなサイズの硯。うっすら見える石紋は棚引く雲や霧のような景色にも見えて気に入っています。

 

馴染みの書道具店の硯コーナーを見ていると、彫り物がしてあったり、足が付いていたり、すごく豪華なものもあります。

書道具は繊細で美しいものが多く見ていて飽きません。

美術工藝展で、蒔絵が施された豪華な漆塗りの硯箱を拝見すると、それが置かれた書斎や持ち主に思いを馳せ、うっとりとしてしまいます。極めれば「文房清玩」なる高尚な遊びもあるそうで、魅力は尽きないのです。

書く事はもちろんですが、いにしえの文化にも惹かれます。

別次元の道具は無理としても、身の丈ちょい上くらいの憧れは持っても良かろうと自分を甘やかしつつ、これからも書道具探訪を続けます。

 

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次は日常のケアで使っているボディオイル。

ちょうど切れそうだったから、夫にねだったら買ってくれました。

 

愛用中の香水(奥)と同じ香りのボディオイル(手前)をプレゼントしてもらいました。「OFFICINEUNIVERSELLE BULY のユイル・アンティーク」のルーブル美術館シリーズサモトラケのニケ。朝晩大好きな香りを身にまとい自分の機嫌を取っています。

 

私の場合、これは美容というより健康のための必需品。お薬みたいな存在です。(そういえばBULYって元々美容薬局でした)

以前はボディクリームを使用していたのですが、加齢により肌質がかわったのか?乾燥して痒みが出るように。そこでオイルに変えたら治ったのです。

もし私と同じように悩んでいる方がいらっしゃったらボディオイルを一度お試し下さい。お風呂上り、まだ肌が濡れているときに塗るのが良いようです。

そんな風にBULYのオイルは私にとってはお薬だけど、肌にも合うし使い心地もいいのでここんとこリピートしています。

身体のケアは今後ますます重要になりそうです。

 

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誕生日が来る度、突きつけられる年齢という現実。

場面によっては、年相応の振る舞いや節操が必要になり、年齢を自覚することもありますが、実は私、普段は「ただの記号」としか思っていません。

そこに囚われては勿体ないし、こと外見に関しては、諸先輩方を見ると、気の持ちようとセンスで如何ようにもなると分かります。

だから、年を重ねるごとに自由に。

そうなりたい。

 

 

夏庭の愉しみ-陰翳礼賛

温室効果ガスによって年々厳しくなってくる夏。

高温に湿度がプラスされ、更にヒートアイランド現象があちらこちらで起こる日本の夏は、いまや世界一暑いらしい。

そんな過酷な日本の夏を如何に心地よく過ごすか???

庭という視点から数回に渡って考えてみたいと思います。

 

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夏に外にいて恋しくなるのは「日陰」や「木陰」のある場所ではないでしょうか。猛暑の最中、街を歩いていて、木陰に入れたら「助かった~。生き返る~!」なんて思っちゃう。汗がスッと引いて、気持ちが落ち着きます。

実際、公園や街路樹の木陰の気温と、日が当たるアスファルト舗装の道路の気温には、15℃以上もの差があるといいます。木陰が建物の陰と違うのは蒸散作用があるところ。例えるならば、微量のミストシャワーが降り注いでいる状態。だからンヤリと涼しいのです。

庭の場合でも木陰があるのとないのとでは、体感温度がかなり変わってきます。

木漏れ日には癒し効果もあるので、お住まいに木陰を取り入れてみてはいいかがでしょうか?

 

ディアガーデンのテラスに植えたイロハモミジの木陰。やはり木陰は涼しい!夏は濃い影色が目に入るだけで涼しく感じます。

 

では、どんな風に植えたらよいか?

夏の住まいを少しでも涼しく感じるようにするなら、窓に近い場所に高木を植えることをお勧めします。

それにより強い日差しを遮ってくれたり、建物を太陽光に晒さないことで外壁の温度上昇を抑え室温の上昇を抑えたりもします。

そして夜になって窓を開けられるようになれば、樹木の間を通り抜け冷やされた風が部屋の中を流れます。

1日の終わりに、窓辺で風に当たりながら葉音を聴いて過ごせたら、リラックス出来そう。

夏の木陰は人だけでなく、植物にとっても心地よいスペースとなります。葉焼けしやすい植物は木の足元に移動させると元気に夏越しできますよ。

 

同じくディアガーデンにて。西日が当たる場所に植えたアオダモは午後の強い日差しから建物を守ってくれます。アオダモにとっては過酷な場所ですが何とか慣れてくれました。成長がとても遅い木なので建物の際にあっても悪さはしません。

 

前庭のアオダモは落葉樹。落葉樹ならば冬には葉を落とすので日を遮らず外壁が暖められ室内も暖かくなります。

 

木陰を得るために、もし1本だけ植えるとしたら、樹冠が大きくなる株立ちの木はいかかでしょう。

目隠しにするならば常緑樹を、それ以外は断然、落葉樹がおすすめです。新緑、花や実はもちろん、紅葉まで年中楽しめますから。

樹種は植える場所によって様々な選択肢がありますので、是非ご相談ください。

 

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植栽の工夫に加え、室内の温度を上げないためにインテリアの工夫もマスト。

日が当たる窓はカーテンを閉め日差しを取り込まないようにすることが重要です。

カーテンを閉めてしまうと木が見えなくなると思いきや、そうでもありません。

窓外の高木に日が当たれば、枝姿がシルエットとなって目を楽しませてくれます。カーテン素材や日の差し方によって映る映らないはあるかもしれませんが、遮光性でない淡色の無地の布ならばきれいに映ると思います。

 

ディアガーデンの事務所にて。午後は西日が入ってくるので早めにロールクスリーンを下ろします。すると窓外のアオダモの美しいシルエットが映ります。

 

新緑や紅葉の眺めもいいけれど、シルエットだけだと水墨画のようにも見えて素敵です。

ざわざわと吹く風に揺れる枝姿は、自然のゆらぎそのもの。見ていて飽きません。

夏の夕方、この窓に椅子を向けてゆったりとリクライニングさせ、この眺めを愉しんでおります。

 

午前中日が当たる我が家のダイニング。バーチカルブラインドを引くと窓外の木々のシルエットが映ります。これも日時によって天気によって違ってくるのですが、時に感動する程のシルエットが現れます。

 

窓外にある自然の陰翳やゆらぎは、疲れた脳を癒やし自律神経を整えてくれます。

夏の庭の愉しみは、こんなところにもあるのではないでしょうか。

 

 

夏越しの大祓をすませ、いよいよ夏本番

照り付ける太陽と共に7月がはじまりました。

7月は私の誕生月なので楽しみつつ大切に過ごしたいと思います。

それに先立って、先日近くの沙沙貴神社まで夏越しの大祓に行き、これまで半年の穢れや悪い念を祓ってもらい、これからの半年を健やかに過ごせるよう祈ってまいりました。

私にとっては恒例行事。誕生月をスッキリした気持ちで迎えるためにも、行かないと何だか落ち着かなくて。

 

市内にある沙沙貴神社へ。馬渕家に縁のある神社で夏越しの大祓。この立派な楼門は県指定有形文化財です。背景の空が如何にも夏空っぽい青で、こんなにくっきり撮れたのは初めてかも。

 

琵琶湖岸で刈り取った葭(よし)と真菰(まこも)で作られた大きな輪。葭の清々しい香りが漂っています。

 

このところ猛暑日づつきで熱中症で倒れる方が増えています。コロナの感染者もまた増加傾向にあるそうです。

考えなしに行動したり何となく暮らしていると危険な夏になりそう。健康でいられるように、ここで今一度気を引き締めなければね。

参拝はそういう気持ちを再確認する機会でもありました。

 

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昨日は所用で大津へ。

大津は京都への通過点という感じで、普段はあまり訪れない場所。折角の機会なので、ランチは以前から食べてみたかった「かねよ」さんのきんし丼を。滋賀県民なら知らない人はいないであろう鰻のお店です。

土用の丑の日はまだ先ですが、ここらでスタミナをつけようと奮発しました。

 

逢坂山の中にあるかねよさん。この日は本店がお休みだったので向かいに建つレストランへ。昭和感漂うレトロな外観&ドライブインのような内装。懐かしい感じがします。

 

きんし丼とは、うな丼(うな重もあり)にふわっふわのだし巻き卵が一切れのったもので、かねよさんの名物らしい。

一切れといっても、器の半分以上を覆う程の大きさで分厚くて凄い迫力なの。お客のほとんどが注文するくらい人気のメニューです。

 

きんし重。香ばしくふわっと焼かれた鰻、たれは甘み抑え目であっさりです。卵焼きは縦12cm×横8cm×厚6cmくらい?とにかく大きくて出汁がきいていて食べ応えあり。卵の下にも鰻が隠れています♪

 

鰻は正直、今まで食べた中では際立ってどうこうないのですが、卵焼きとの組み合わせが絶妙で、本当に美味しかったです。

夏に大津市に来られたら是非~。

 

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もう蝉が鳴いていますね。

ディアガーデンの事務所は北向きなので、午前中はとっても涼しく、開け放った窓からは街路樹や前庭の緑が見えます。

そして6月中頃だったか、過去最速に出した風鈴の音が響いています。

 

風鈴の音が響く事務所。今年の紫陽花は何だかぼんやりした色。でも元気に咲いてくれています。午後は冷房いれるので窓は締めて、風鈴の代わりにBluetoothスピーカからmusicを楽しんで。

 

庭仕事や庭での愉しみは朝夕に限られてしまいますね。

でもこの時間帯のお庭って、これはこれで夏っぽくって本当に美しいです。

7月のブログではそんな愉しみについて書いていこうと思います。

 

 

京都市京セラ美術館の建物探訪記

先日、京都市京セラ美術館に行って来ました。

前回のブログでは展覧会の様子を。今回は建物についてです。

昔から美術館という場所自体が大好きで、パワースポットのようにも感じているワタクシ。非日常的で飛びぬけて素敵なその空間に身を置くだけで、不思議と癒され満たされるのです。だから全て味わい尽くしたい。展示だけでなく建築までもじっくりと鑑賞してしまいます。

振り返ればこれらの経験は、ガーデンデザインをする上で血となり肉となっているように思います。もはや美術館は私の人生から切り離せないものになりました。(何と大袈裟な!笑 でも本当のこと)

過去ログでもいろんな美術館記事を書いております。ご興味のある方はサイトのサイドバーにある検索欄で「美術館」と入力して探してみてください。ざっと30は出てくると思います。旧seesaaブログを合わせると60近くあるかもしれません。

 

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さて、京セラ美術館。

以前は京都市美術館だったところです。2017年に50年間のネーミングライツ契約を京セラ(株)と締結。スポンサーを得て大規模な改修工事が行われました。

工事中は何度も前を通り、どのように変わるのだろうと楽しみにしていたのですが、オープン後2年も行けないでいました。パンデミックのせいもあるけれど、無理をしてでも見たい!と思う展覧会がなかったのが本音です。建物は逃げないので、そのうち行く気になるだろうとのんびり考えていました。他にも行くべき美術館はありましたしね。

 

京都市京セラ美術館。改修工事が始まったのが2018年1月で、翌年10月に竣工、リニューアルオープンは2022年5月のことでした。建築家青木淳、西澤徹夫氏のよる。青木氏は現館長。

 

建築の見所の一つは、なんといってもファサード。元々あった前広場を掘り下げ、ガラスをはめ込んで出来た新しい空間「ガラス・リボン」でしょう。

レンガにガラス、直線的なラインに対して流動的なライン。素人の私でも分かりやすい対比ですが、それにより、実際は以前とさほど変わらないのに、とても新鮮に映ります。

ガラス張りの効果は絶大で、全体を引きで見ると、どっしりとした建築が浮いているように見えるから不思議です。このデザインを実現する技術力も凄いんだろうな。

 

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中に入ってみると、壁は恐らく塗り替えられているのでしょうが、モールディングやタイル、窓枠、古いガラス、階段の手摺りなど、古き良き時代を思わせる意匠はそのまま。

そこに極々控えめにモダンテイストを加えたという感じで、元のデザインをとてもリスペクトされているんだなと感じます。

 

ここは談話室。元々の意匠がそのまま残されています。天井が高くて窓や照明が本当に素敵。家具はこれで合ってるのかな?

 

 

中央ホール。照明が変わっていたけれど床や天井は前と同じ。新しい動線として階段が追加されています。紙で作ったかのような軽やかなデザイン。

 

以前と大きく変わったのが動線です。

メインエントランスが地下になって、奥の日本庭園まで一直線に伸びる軸線が新しく設けられました。シンプルで機能的だし「抜け」があってとても素晴らしいと思いました。前は内部がいまいち分かりにくく薄暗い印象でしたので。

改築に当たり「この美術館に埋め込まれていた軸線を引き出そうとしました」と青木氏はおっしゃっています。

 

中央ホールを少し進んだところ。レトロとモダンテイストが融合してカッコいい。扉の向こう側、ガラス越しに日本庭園が見えるところも素敵です。

 

メインエントランスから真っ直ぐ進み突き当たる場所。ガラスがはめ込まれ、中からこんなに解放感ある眺めが楽しめます。庭も作品のひとつ、まさに屏風をひろげたよう。

 

建物と庭というのは、このように一体化してこそ価値があると改めて感じました。

いくら立派な庭でも、室内からその景色を取り込めないと魅力は半減してしまいます。

以前のお庭は建物の裏と言う感じで、ガラスがはめ込まれたところには確か重い扉があったような。中から見えたかどうかもはっきり覚えていませんもの。新しくなって庭がようやく生きたように思います。

見せ方って大事。庭が分かっている建築家っていいよね~。

 

元々あった日本庭園。七代目小川治兵衛が関わった言われています。東エントランスから出て散策できます(一度出たらまた正面に回らないと入れません)。そんなに広くありませんが東山まで視線が抜けて気持ちいいお庭です。

 

藤棚もあり見頃を少し過ぎたころでした。良い香りを堪能。

 

池のほとりに番いかな?2羽の鴨が寛いでいました。すぐ近くに人がいるのに慣れているのか逃げる素振りもありません。あまりに動かないので置き物のよう。ウトウトとお昼寝中でした。

 

最後に美術館の隠れたお楽しみ。それはミュージアムカフェです。

美術館に併設されたカフェって、大抵お洒落で静かなので大好きです。展覧会の余韻を楽しむのにはピッタリな場所。私は必ず立ち寄ります。

こちらのカフェは新しく作られたスペース。メインエントランスのすぐ脇にありますが、奥まったところにあるので、入館者の出入りは案外気になりません。

 

鑑賞したあとはミュージアムカフェで寛ぐのが定番です。半地下でガラス越しに前広場や平安神宮の大鳥居が見えます。京都の食材を選んで使っているようです。私は京もち豚のローストポークを挟んだホットサンドをオーダー。美味しかったですよ。

 

新設された建物東山キューブの屋上。この日はあいにくの曇り空でしたが、それでもこの景色。新緑の山々が見えて爽快でした。

 

このさき何度も訪ねそうな美術館。

斬新な企画展を期待しつつ、その折にはまたゆっくり建物探訪したいと思います。

皆様も機会があれば是非行って見てください。

 

 

京都市京セラ美術館「兵馬俑展」へ

京都市京セラ美術館で開催中の「兵馬俑と古代中国~秦漢文明の遺産~」を見てきました。

この先中国に行きたいと思うか?分からないので、向こうが近くに来てくれたこの機会に、ひとまず好奇心を満たそうと出掛けたのです。

 

大規模な改修工事を終え、2020年リニューアルオープンした京都市京セラ美術館。

 

春秋戦国時代 秦の始皇帝の陵墓から出土した副葬品や、漢王朝時代のものが展示されています。

死後の生活が困らぬように、また安泰を願い、あらゆる道具類、魔除けの品など埋葬されました。その極めつけが兵馬俑です。私が想像していたより一回り大きくて凄い迫力でした。兵馬俑は埋葬時に彩色されていたそうで、再現ビデオを見ると、色合いがとても鮮やか。瞳も描かれていたのでより人間っぽかったです。

春秋戦国時代というと紀元前3世紀ごろ。日本では弥生時代に当たります。始皇帝陵には馬も含め俑が8000体以上埋まっていたというから驚きです。他の時代の兵馬俑はもっと小さかったようなので、始皇帝は特別な感性と権力の持ち主だったのだろうと想像します。死んでもなおこれだけの兵を装備するとは一体どんな心境だったのでしょう。独特な死後の世界観が感じられ、共感は全く出来ませんがとても興味深かい展示でした。

目玉の兵馬俑のコーナーは一番最後。なんと撮影可能という太っ腹対応でした。ここに感想と共に一部掲載します。

 

兵馬俑がこんなに間近に!なんと190cmもあるんです。等身大に作ったと書いてあったけれど、兵士だから体格がいいのかしら?胴がすごく長いのも妙なんだけど。頭部以外の造りは結構大雑把でした。一体一体顔が違うのは実在の兵士をモデルにしたとか。現代にもこういう顔の人、いそうですね。

 

手前に写っている像は本物。奥に並んでいるのは一回り小さく作られたレプリカです。いろんな武器を持っていたみたいでポーズがちょっと違ってる。馬の像もあります。これが2700年前のものだなんて。

 

この展覧会は静岡、名古屋、東京と巡回するそうですよ。実際見られたらきっと驚くと思います。

 

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京セラ美術館に来たからには、同じ岡崎エリアにある細見美術館にも寄らねば。

琳派好きな私は以前から細見美術館を贔屓にしていて、これまで何度も来ています。久しぶりに酒井抱一の「桜に小禽図」に会えて、貸し切り状態でじっくり鑑賞出来ました。

私にとっては抱一の描く世界がこれ以上ない眼福。平和で風雅で粋でモダンで刺激的。争いごとなど全く及ばない世界です。

 

推しの絵師酒井抱一の絵も所蔵しておられる細見美術館。只今「神坂雪佳展」開催中。大抵空いていてゆっくり鑑賞できるのでおススメです。

 

パンデミックが始まった頃は、美術展は軒並み中止になったり、開催されても出掛けにくかったりして、残念なことが多々ありました。

しかし、チケットを日時指定して事前購入出来たり、入館者数を制限できたり、色々と新しい仕組みが生まれプラスの面も。兵馬俑展のようなメジャーな展覧会でも、ゆったり見て回れるのは嬉しい変化です。

GWは流石に混むかなぁ?チケットを事前に購入すると、優先的に入れてもらえます。

次回のブログは「京都市京セラ美術館の建物探訪」です。

 

庭仕事の真髄

ロシアのウクライナ侵攻が続いています。いやプーチン大統領の侵攻というべきか。

メディアで日々目にする悲惨な状況と、停戦交渉の進展のなさに、悲しみと苛立ちを感じています。

私はこの数週間、心はそのような状態で、昼間は庭作りの現場に通い、夜はある一冊の本を読んで過ごしました。

「庭仕事の真髄-老い・病・トラウマ・孤独を癒やす庭」(スー・スチュアート・スミス著 和田佐規子訳)です。

著者はイギリスの著名な精神科医・心理療法士。

彼女の存在は実はずっと前から知っていました。というのも、彼女の夫は有名ガーデンデザイナーのトム・スチュワート・スミス氏で、彼の庭に少なからず影響を受けていた私は、彼の本を持っていて、その中に彼女はご家族として登場していたからです。それでも精神科医をされていることは存じ上げませんで、この「庭仕事の真髄」を手に取ったとき初めてつながったわけ。

スミス家の広大な庭で、彼女もガーデナーとして野菜や草花を育てておられますので、ご自身の体験に基づく言葉がときどき現れます。臨床研究や論文について語る部分に対して、それがとても読みやすくて好きです。

 

ディアガーデンの本棚。最近この棚に加わった「庭仕事の真髄」と2012年に買った「The Barn Garden」。並べた2冊の著者はご夫婦です。

 

 

本書は自然と庭仕事が精神の健康に与える影響を色々な面から論じた一冊。

園芸療法についても詳しく書かれています。

庭は精神的に追い詰められた人々にとって文字通り安らぎの場所。病を患う方、ケガで身体の一部を亡くした方、貧困に苦しむ方、精神障害を持つ方、犯罪に手を染めてしまった方、人生の終わりを迎える方など、立場は色々ですが、自分の居場所を見つける一助として庭仕事と出会うのです。

戦闘の最中、塹壕(読み:ざんごう。戦場で歩兵が敵弾を避けるために作る防御施設。)に庭をつくる兵士の話、戦争捕虜や復員兵士について書かれている部分もありました。一部抜粋します。

 

驚かされるのは、庭付きの塹壕は決して珍しいものではないことと、敵味方両サイドの兵士たちが同じ様に作っていたということだ。「まず、小さな菜園、そしてその隣に小さな花の庭、そしてその横は小さな墓地、そしてそれから同じような繰り返しだ。」

兵士のギレスピーは「毒ガスが吹き下ろされてくると危険なので、防毒マスクを首のまわりにつけて、風の様子を見ていた。庭は花盛りだ。スズラン、パンジー、忘れな草など、お馴染みの花がたくさん。水やりで忙しい」と書いている。

 

生と死が奇妙に入り混じっているこの光景に不思議さを感じずにいられようか?!しかし兵士は塹壕で母と庭の夢を見るのです。その夢は安全な家への憧れ。庭は心理的な命綱となってくれていたのだと、スーさんは考えます。

 

戦争から戻った人々は生きることへの愛着状態が新しく作り出されない限り、このような人々は、仕事にも漬けない状態で、社会的に孤立してしまい、生きることからすっかり手を引いてしまう危険があった。

心的外傷は、土台から根こそぎ動かしてしまうようなやり方で、心の中の風景を変えてしまう。ガーデニングで身体を使って動くことは、その意味で重要なのだ。爪の下に泥が入り込む、自分自身を土の中に埋め込むような感じ、そしてその過程で、その場所へ、そして命へと繋がっているという感覚を再構築するのだ。

 

戦争に関する章を読み進めながらウクライナで戦っている兵士たち、そこに暮らす人々のことを思わずにいられません。

生き残れても、心の戦いは、たとえ物理的な戦争が終わった後もずっと長く続くでしょう。

それは侵攻を受けた側だけでなく、侵攻した側の兵士たちも同じ。元の精神状態に戻るのは難しいし、回復への道のりは長い時間と痛みを伴うもの。想像を絶する道のりなのです。

だから戦争を始めた者の罪は極めて重い。

しかし、庭仕事が一筋の光を与えるのには違いないのです。

庭仕事がここまで人に影響を与えるものなのかと、これ程考えさせられる本はないかもしれません。

 

ケネス・ヘルファンド(歴史家)は著書「挑戦的な庭」の中で次のように述べている。

「平和とは単に戦争がないというだけではない。胸を張って主張するものだ。庭は単なる避難や小休止ではなく、積極的に目標を、手本を示すものだ」

 

とても部厚い本でまだ全てを読み切っていませんし、理解もできていません。

何度も何度も読み返すことになりそうな一冊です。

 

 

美しいちろり

コロナ以前から外で呑むことはほとんどなくて、専ら家呑み派です。

といっても、週末に夫と晩酌で缶ビール1本いただく程度ですので、殊更いう程のことでもありませんが、それでもあると、お料理も美味しくなるし、楽しいし、リラックスできます。

今冬は雪が多くとっても冷えますので、燗酒をちょっと特別な雰囲気で楽しもうと、あるアイテムを導入しました。

清課堂さんの「ちろり」です。

 

お気に入りのちろり。美味しい地酒に美しい器で素敵な時間を過ごせそう。すりきり250cc入りますので、大体1合ちょっとかな。

 

京都寺町二条にあるお店の前をよく通るので、時々寄っては、工芸品のような品々をうっとりと眺めていました。いつかはこのちろりで一献・・・と狙っていたものです。

この頃は出掛ける楽しみが制限されたからか、この類の「いつか」が頻繁にやってくるような?

細やかながら、これも経済活動に貢献するものと肯定して買っちゃいました。

 

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「ちろり」とは、お酒を燗 (かん)するための容器のこと。名前の響きがとっても可愛い。

幾つかある清課堂さんのちろりの中で、この「錫 鎚目(つちめ)ちろり」は1838年の創業当時のカタチを受け継いできた最もスタンダードなものだそうです。手に馴染む徳利型で、上部には丸鎚目、下部には石目を施してあります。

蓋つきで実用的な「たんぽ」に比べ、凝った意匠のこちらは、そのままテーブルに出しても映える目に麗しい逸品。

清課堂さんのお話では、蓋がなくとも香りが飛ぶことはなく、それほど気にしなくてもいいということでしたので、自分の好みを優先してこれに決めました。

 

お燗は専ら野田琺瑯さんのアムケトル&ストーブで。暖房はエアコンもあるけれどやっぱりストーブの方が温まるような気がします。我が家ではファンヒーターよりも直火で調理も出来るタイプが活躍しています。

 

季節やお料理によって色々なお酒をいただきますが、日本酒は銘柄もたくさんあって、なによりその味が好きなのです。キリッと冷やしたり常温やお燗などで違う風味が楽しめることも大きな魅力のひとつです。

また、ひとくちに燗酒と言っても、温める温度帯によって「日向燗」「人肌燗」「ぬる燗」「飛び切り燗」など風情ある名前が付けられていて、その温度によって変わるところが面白いです。

本当は温度計で測って温めるのが一番なんですけれど、私は無精して感覚で。ぬる燗(40℃)から上燗(45℃)くらいにつけることが多いかな。実家で父の晩酌時や法事などの集まりの折などに、よくお燗番をしていたので、こんなもんかなというのは大体分かります。

 

今月のお酒は、近江高島の萩乃露さんの特別純米 十水仕込「雨垂れ石を穿つ」

 

立春を過ぎてもまだまだ寒い夜。燗酒が五臓六腑に染み渡ってすごく温まります。夫は燗酒が苦手ならしく、ひとりでチビチビやっています。

 

お気に入りのちろりでお燗したお酒で、一人悦に入っています。