重陽の節句-2020

吹く風に秋の気配。

窓を開けていると、その風にのって、家のうちそとにある植物から、様々な香りが漂ってきます。

前庭の藤袴からシナモンのような香り、テーブルに活けた秋バラの香り、雨上がりのテラスからはいつもレイランディ(針葉樹)の香りがするのだけれど、それも盛夏とは微妙に違うような。朝に焚いたお香の残り香が部屋の隅にあって突然ふわりと現れたり。

何気なしに部屋部屋を移動していると、ふとそのような香りを感じて、息を深くすることもしばしばです。

 

朝、生まれたての陰影。陽の高さがどんどん低くなって、家の中程にあるこの壁にも陰影を映すように。

 

大事なことも、気持ちが逸れていると、目には映っても全く見ていなかったりします。音も同じく、耳で感じていても聴こうとしなければ残りません。どちらも無視しようと思えば出来てしまう。

それが、香りにはそのようなことはありません。慌ただしくとも、香りを感じれば必ず気付いて反応してしまいます。その香りの良し悪しで、身体も心も敏感に動きます。

だから自分が普段どのような香りに包まれているかは、結構大事なことなんじゃないかと思っています。

 

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さて、今日は重陽の節句。

「菊の節句」とも呼ばれます。

年中行事では、その時期の植物の力を借りて邪気を祓うのが習い。五節句だけ挙げますと、元日は松、上巳は桃、端午は菖蒲、七夕は梶の葉や笹、最後を飾る重陽は菊という訳です。

今日は菊の香りを聞くとしましょう。

 

重陽の節句に因んで小さな菊の室礼。玄関やリビングなどで菊の香りを感じています。

 

植物達は、繁殖のために、生存の望みを託して自らを香らせているのです。

この香りは純粋なものの命が溢れ出たもの。

 

 

 

2020真夏のディスプレイガーデン

真夏のディスプレイガーデンに森の妖精が降り立ちました。

日本固有の1属1種の植物「レンゲショウマ」が咲いています。

 

レンゲショウマ。蝋細工のような可憐な花がうつむき加減に咲いています。重たげな花を支えている茎はとても細いけれど意外と固くシャンと立って。

 

1属1種とは孤高の存在。

monotypic。

人が勝手に生き物を分類したその法則の中の話ですけれど、そのグループには近縁種がこの世に存在しないのであります。

進化論上は綱渡り的に生きている。大昔は何種も存在していたところ何らかの理由で絶滅してしまい、現在1種のみとなってしまったのですね。

植物では他に分かりやすいものだとイチョウがあります。

ちなみに私達ヒトも1属1種です。

そんな貴重な植物、レンゲショウマ(蓮華升麻)を今春、初めて植えてみました。

 

花の中心にほんのりとうす紫が入る気品漂う姿にウットリ。花の可憐さとは裏腹に、葉は切れ込みが入り大き目です。

 

うだるような暑さの中、ヒト科ヒト属の私はこんなにも弱っているのに、キンポウゲ科レンゲショウマ属のレンゲショウマは、こうまで凛と咲くのか。

ヒトは強いようで弱い。

ディスプレイガーデンのレンゲショウマは、今年、1mに満たない程の茎1本だけ。奥多摩の御岳山には大群生地があるそうです。どんなにか素敵でしょうね。

適地は木陰なので、ここのモミジの足元の薄暗い場所に株を増やし、そのような景色のミニチュア版を再現出来ないかしら?と妄想しています。

 

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ディスプレイガーデンネタをもうひとつ。8月に入ってすぐ気づいたこと、一番ビックリしたことです。

例年9月20日頃から10月に咲くシュウメイギクに蕾が上がってきました。なんと咲こうとしているではありませんか!20年近くシュウメイギクを育てていてこんなこと初めてです。

この植物は気温が下がると咲くのですが、今年の異常に長かった梅雨のせいで低温が続いたのを、秋と勘違いしたのかも?この暑い中、咲くのでしょうか。本当の秋はまだこないのに。

 

今朝のシュウメイギクです。炎天下の中蕾を上げて。今月中に咲きそうな感じ・・・ひと月早いよ。

 

同じ様に、アオダモが落葉しかかっていました。

落ちる葉っぱの様子が、秋の感じと似ていたんです。

はじめは、この7月に剪定したときに落とし忘れた切り枝が、落ちているのかと思っていましたら、何だか毎日落ちてくるのでアレ?と。

ディスプレイガーデンのアオダモは、他の落葉樹よりも早めに落葉し始めるのですが、いくら何でも8月は早すぎるって!どうしよう、9月で丸裸になるんじゃないか?あまりに早く葉がなくなると、来年の樹勢に影響するかもしれません。

気が気でならず心配していましたところ、ここ数日様子を見ていたら、何となく落ち着いてきたような。おいおい、どうなっているの?

静かにおかしなことが起こっています。

 

 

半夏生の景色

梅雨末期の長雨がどうにも重苦しいこの頃。明けると共に、猛暑の洗礼が待っていると思うと・・・更に気が重くなります。

ワタクシ、夏は本当に苦手。

でも涼し気な景色に出会うと、精気を取り戻せるような気がします。

今頃によく見かける植物「半夏生(はんげしょう)」はご存知でしょうか?6月中旬から7月に花を咲かせる植物です。

私はこの半夏生が群生している景色を見つけると、いつも清涼な気持ちになります。

見所は何といっても、葉の緑と白のコントラストでしょうか。遠くから見ると、白い部分が雪がかかっているかのようで幻想的で美しい。

 

6月晦日の夏越しの大祓をした沙沙貴神社で。半夏生の花が咲いていました。

 

金地院の池のほとりに半夏生の群生。昨年撮影したものです。

 

半夏生は自生種なので、耐寒性、耐暑性共に高く強健な性質です。

ドクダミ科ですから、乾燥した場所でなければ、地下茎でよく増えます。庭に植えるなら、よほど広い場所か、予め植木鉢に植え付けてから埋めるくらいしないとダメかな

 

料理旅館の前庭で。涼し気な水景に添えられた半夏生。こんな景色を見ると、庭にもいいなぁと思ってしまうけれど。

 

半夏生の葉の白い部分は、ドクダミでいう花の白い部分と同じ役割を果たしているそう。ドクダミの花の白い部分は、葉が変化した苞葉(ホウヨウ)と呼ばれるもので、厳密にいうと花ではありません。花を目立たせ、昆虫を呼び寄せる役割があります。

半夏生の花が終わると、葉が緑になるというのが不思議でしたが、なるほど、受粉を助けるという役目を終えたからなんですね。

しかし、半夏生に惹きつけられる虫の気持ち、わかるなぁ。

 

 

梅雨の間に植栽工事

一般的に木の移植適期と言われているのは、

常緑樹の場合は、萌芽前の4月か梅雨期。

落葉樹は、落葉期で萌芽前の3月下旬頃か、落葉後暖かさの残る11月頃。ですが、梅雨のころは新芽も定着していますし、植付け後にたっぷり雨にあたりますので、6月もおすすめしています。お客様にとっても、梅雨の間は、お水遣りの手間が少なく済みますから。

だいたい高さ2mまでの木なら、ご自分でも植えていただけると思いますので、是非挑戦してみてください!

 

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とはいえ、実際に植えるとなると、場所を整えたり、穴を掘ったり、土壌を改良したり、木を買ってきて運び込み、姿が良いように植付け、しっかり支柱もし・・・と、何かと大変です。特に穴を掘る作業は重労働ですし、残土の処理など思った以上に苦労するものです。

そこで私たち造園のプロの出番ですが、頼むのには予算が限られているしなぁと躊躇されるかもしれません。しかし、ご予算と理想をいかに擦り合わせ素敵な景色を作るか。それを考えるのも仕事の一つなので、一度ご相談いただければと思います。

例えば、必要な作業の一部をお客様ご自身で行っていただく、というのも予算削減に効果的です。どの作業なら出来そうか、そのやり方やコツ、道具のレンタル(無料です)なども含め色々とアドバイス出来ます。

 

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それで、今日ご紹介するのは、梅雨に入ってまもなく、つい先日ですが、植栽工事をさせていただいたお宅です。

リビングダイニングから、木のある緑の景色を眺めたいとのご希望でした。

伺ってみると、住宅街の中ということもあってか、隣家の外壁と室外機だけしか見えません。確かにこの部分だけちょっと無機質な感じがします。でも日当たりや風通しは良さそうです。

色々ご希望を伺いながら相談を重ね、お客様で出来る作業は、ご自身で行っていただくことになりました。

除草剤散布と防草シート設置の2つの作業です。

 

植樹する場所。(右)元々は芝生を張られていましたが、芝に雑草や苔がはびこり手入れにストレスを感じるように。(左)植栽する前に除草していただきました。除草剤を撒いてから3週間超経過した状態。しっかり枯れています。

 

次に何かを植える場所での除草作業は、予め地上に出ている部分を刈った後、表土ごと剥ぎ取ったりして出来るだけ根を残さないようにするのですが、お客様でそれをしていただくのは大変なので、ホームセンターで購入できる「ラウンドアップ」という除草剤をおすすめしました。

ラウンドアップはアミノ酸系除草剤で、葉から入って根まで枯らし、土に落ちても短期間で微生物により自然物に分解されるもので、散布後3週間からひと月ほど経過すると、植付けや種まきが出来るそうです。

 

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工事は枯草の処理からスタート。

梅雨の中休み日で、作業はサクサクと捗ります。

 

(右)土壌が粘土質なため植穴の底部を水はけよくするためにパーライトを沢山使って改良しました。(左)植穴周囲も改良剤を施し植付け完了。こういう作業もお客様に材料や意味を説明しながら行っています。

 

ではここで、植木を紹介しますね。

仕入れにはお客様も同行していただき一緒に選びました。

ディアガーデンでは仕入れによくお誘いするんですよ。実際にあれこれ見ていただきながら選ぶと、木に対して思い入れが違うと思いますし、何よりたくさんの木を一度に見るのは珍しいでしょう。そういう経験も工事の中に含まれているって楽しくないですか?

主木はアオダモです。高さ4m超えの2本立ち。畑で見たとき、樹冠の小梢がとてもいい感じで、木漏れ日がさぞ素敵だろうなという印象でした。なので、ふんわり広がるように支柱で細工しました。今は幹は2本ですが、数年後に根元近くから新しい幹(ひこばえ)が出てくると思います。

添えの木は鳥が来る木をご希望でしたので、実のなるオトコヨウゾメとムラサキシキブ、冬に蜜を吸いにくるよう侘助ツバキを植えました。小さな実なのでくちばしの小さな小鳥が来てくれると思うのですが、さていかに?!

侘助ツバキだけ常緑なのは、前のお宅のエコキュートを見えなくするためです。育つと結構隠してくれると思います。

宿根草は、私がいつも仕入れる種苗会社さんの苗の中からお客様セレクトで。自然な風合いの白と青の花が、そのうち見られるかと。

楽しみです。

 

高木と低木の植付けが完了。花壇全体に客土・堆肥を追加し改良します。見栄えは悪いのですが、木に水を遣りやすいように水鉢(根鉢の周りに土で土手を巡らせる方法)を作りました。

 

 

植栽完了です

 

(右)ビフォー。前のお宅の壁面や給湯設備や室外機などが見え、平面的で無機質な眺めでした。(左)アフター。清々しい緑の眺めが出来ました。空間が立体的になり、四季折々の木々変化や草花の手入れも楽しみな場所になりました。

 

建物の脇。特に何を植えるでもなく土で残されていたスペースです。(右)お客様で除草剤を撒いていただき枯らした状態。(左)お客様で防草シートを張られた後、砕石を敷きました。スッキリしましたね。雑草に悩むこともなくなりそう。

 

今回のお客様、奥様を癒してあげたいという旦那様のお気持ちが、静か~に伝わってきて・・・なんか素敵でした。

今頃お二人でどんなふうに新しい庭を眺められておられるのでしょうか?

想像すると心がほんわかします。ふふふ。

 

 

蜘蛛の奇妙な世界

男女問わず蜘蛛嫌いな人は多い。聞くと、とにかく気味が悪いとのことです。

毒蜘蛛ならいざ知らず、その辺をちょこちょこ歩いている蜘蛛ならば可愛いとすら思うし、私にとっては、庭づくりには欠かせない存在。大好きではないけれど、蜘蛛にはとても親近感があります。

そんな蜘蛛づくしの本を読んでみました。

「クモの奇妙な世界 その姿・行動・能力のすべて」(馬場友希著)です。

いつも思うのですが、嫌いな相手でも、その相手のことをよく知れば、マイナスの感情は減るものです。だから蜘蛛嫌いの方にもお勧めしたい本です。

 

 

蜘蛛の起源は古生代デボン紀~石炭紀の間と考えられており、原始的なハラフシグモ科の蜘蛛は、なんと!3億年近くも姿かたちを変えていないのだそう。

世界には現在、119科4140属、4万8000種強の蜘蛛が知られています。未知なる種はまだたくさんおり、現在もどんどん新種が発見されています。近い未来5万種は超えるに違いありません。

とんでもない数です。

蜘蛛は中間捕食者ですから、数や種類の豊富な環境というのは、生き物全体の豊かさを表していることになるのですね。

 

彼らの変わった生態も面白く読みましたが、私がこの本で最も注目したのは、

蜘蛛は益虫、農作物のボディーガードと言われるワケは、必ずしも害虫を食べるからだけではない、ということです。

〇蜘蛛はただいるだけでいい。

害虫が蜘蛛に食べられることを恐れて、植物を食べる活動を控えるという現象が確認されています。

蜘蛛がいることで、害虫の行動を変え、結果的に害虫の死亡率を高めるという例も知られています。

 

〇蜘蛛の巣の「糸」の存在が重要。

蜘蛛の糸が付いた葉の方が、害虫に食われる量が減ることが明らかになっています。蜘蛛は移動時、常に命綱を引きながら歩いているので、たくさんの蜘蛛が農地を動き回ること自体が、害虫による作物被害の軽減に一役買っているのです。

蜘蛛の中には、移動時に、網を回収せずそのまま残していく種がおり、網は主がいなくなってもしばらく残り、虫を捕殺するトラップとして機能し続ける

 

以上のように、蜘蛛は害虫を直接食べるだけでなく、害虫の行動を替えたり、害虫の群れを攪乱したり、あるいは網という防虫ネットを仕掛けることによって、害虫の数や活動性を押さえ、結果的に農作物を害虫から守っていると考えられます。

蜘蛛の糸の存在がそんなに影響しているとは知りませんでした。

 

庭で、蜘蛛の糸や空き家になった蜘蛛の巣を発見したら、差しさわりのない場所なら残しましょう。それらは時に夜露などによってアートに見えることもあります。

 

これらはもちろん人間のために行っているのではありません。

でも、私達はこの蜘蛛の習性や行動を理解し、うまく利用するというか、役に立ってもらうことは出来ますね。

 

 

ディスプレイガーデン番外編ー変わった訪問者たち

今朝のことです。

テラスの向こう、お隣さんとの境界あたりで「グワッグワッ」とやたらと蛙がうるさく鳴いていました。雨蛙にしては声が低くて大きすぎます。一体どんな蛙なんだ?と不思議に思ってふと見ると。

なんと!

鴨でした!!!

 

生垣の上にいるのは鳥だと分かるけれど、で、でかい!!!

 

か、鴨です!よね?何鴨か知りませんが。

 

滋賀県って確かに自然豊かだから、そりゃ鴨くらいいます。

琵琶湖に行けば色々な鴨、マスコット的なカイツブリ、サギやコハクチョウまで多種多様な野鳥が生息しています。コウノトリもいるんですよ(知り合いが目撃しました)。それに合鴨でしょうか、水田で泳いでいるところはしょっちゅう見ます。

それにしてもここ、駅近くの住宅街なんですけど。

「なんで庭に鴨がいるんだーーーっ⁈」ってマジで驚きました。

それでもってこの鴨ったら、ベランダから写メや動画を撮っていても全く動じません。普通の野鳥ならすぐいなくなる程度に脅かしても平気、というか無視されました。相当人に慣れているんでしょうね。

しかもよく見ると、近くにもう一羽いるではありませんか。もしかして巣をつくろうとしてる?今年は剪定を初夏にするつもりでしたが、それを待っていると危ういかも。

色々な野鳥がやって来ては、目を楽しませてくれるディスプレイガーデン。可愛いと思うのはせいぜい10cm位の小鳥たちです。スズメやメジロ、カワラヒワなどは鳴き声も可愛い。山バトやヒヨドリくらいの大きさになると、うるさいし羽ばたくと結構風圧が凄くて怖いので、あまり歓迎できません。でもそれ以上大きい鴨が来るとはね。

 

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さて「庭は小さな自然」と、このブログでもよく書いていますが、思った以上に色々な生き物がやってきます。

これまで温めていた生き物ネタをもうひとつご紹介します。苦手な方もいらっしゃると思うので、キワドイ画像はやめておきます。安心して読んでください。

テラスでふと外壁を見上げたとき見つけたもの。「ちょっと誰よ?こんなところにマカロニつけたのは?」

 

どう見てもマカロニじゃない?マカロニだよね?泥でくっついてますけど。

 

周りに何もおらず、よく調べないまま取ってしまったのですが、磁器のように結構硬かったです。

くだけたマカロニの中にはナント大小の数匹の蜘蛛が入っていました。親子みたいでした。「え?蜘蛛の巣って、こんなんもあるの?」と思ったけれど、そんな訳ないよね。しかも蜘蛛の様子が変です。痙攣している感じで動きが鈍い。仮死状態みたいでした。

「んんん・・・何だコレ?」

調べると、これはドロ蜂の巣でした。

名前のとおり、泥を使って壷のような形の巣を作るのが特徴です。巣は比較的小型で、中に幼虫の餌となる青虫などを運び入れたあとで産卵し、泥で穴をふさいで蓋をします。このとき、餌としてとらえられた青虫は、麻酔をかけられたような状態で、生きながらにして巣の中に貯蓄されます。孵化した幼虫は巣の中で餌を食べて育ち、次の春に蛹化、羽化して外へ出るといわれます。

そういえば蜂が飛んでいたような。よく来るあしなが蜂かと思っていました。

ドロバチは大人しいのでこちらが攻撃しない限りは襲ってきませんし、木についた青虫を食べてくれるそうです。

そうなると巣を壊さなくても良かったかも?でもこのマカロニは割とお隣に近い場所にありまして、小さな子供さんもおられるし・・・。蜂には悪いけれど、やっぱり壊して正解だったのかも。

 

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これから気温が上昇するにつれ、生き物たちの活動が活発になっていきます。

庭や人を脅かす程にまで放っておくのは危険ですが、食物連鎖もあるので、やみくもに殺虫剤を撒くのは止めてまずは静観。

お子様がいらっしゃるご家庭は庭は身近な自然観察の場所です。街中であっても、気を付けてみていると、ディアガーデンのように意外と色々とやって来るものなのです。

 

 

 

春はそこまで。宿根草の切り戻し時期です

昨日はグングンと気温が上がって春さながらの陽気になりました。こうなると虫でなくとも外に這い出たくなります。今は宿根草の切り戻しの最終時期。そろそろやらなきゃなーと思っていたところ、絶好の庭仕事日和となりました。

出て見ると、木々の芽は膨らみ始めているし、ヘレボラスは満開。ニオイスミレや沈丁花の花が甘い香りを放っています。そして嬉しいことに、昨年秋に植えつけた宿根草が早くも芽を出していました。テラスのモミジには、黄色い羽が可愛いカワラヒワが2羽やってきて、きれいな声で歌ってくれます。主に種を食べる野鳥だそうでスズメほどの大きさ。本当に愛らしいです。

うちに来るカワラヒワ、さえずりはこの子に近いです。自分では上手く撮れなくて画像お借りしました。↓↓↓

 

 

麗らかな日差しの中、植物たちや鳥たちを見ていると、訳もなく喜びが溢れてきます。冬を乗り越えた命がキラキラと輝いていて、そのエネルギーが私を圧倒してる。

 

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さて、庭仕事です。

トクサやグラスなどの細長い葉を持つ植物は、例年積雪によって潰れてしまうから、年末に地際で刈りこむという作業をしていました。それが今年は暖冬で、雪が積もらなかったから、彩りのために一部そのままにしてて。そろそろ出てくる新芽を生かすために、古い葉を刈り込むことにしました。

 

駐車場の脇に境界ブロック隠しを兼ねて緑を。丈夫な自生種トクサを植えています。今年は雪による損傷がなく割ときれい。

 

キレイさっぱり刈り取りました。雑草も抜いて間に溜まった落ち葉やなんかも取り去って、本当にスッキリ!!でしょ?無粋なブロックが見えるのは少しの我慢。3ヶ月もすると隠れます。

 

トクサは毎年刈らなくても別に支障はありません。刈り込もうが刈らずにいようが、どのみち同じ位茂るのです。でもここは本当に狭い花壇なので、新旧の葉が一緒になるより、毎年新しい葉に更新する方が綺麗だと思うので、こうしています。

今は「こんなに刈っちゃって大丈夫?!」って程、何もない状態ですが、ひと月もすれば新芽がニョキニョキ。梅雨ごろにはもう結構茂っていますから全く問題ありません。問題は刈り取った葉。ひと抱え程もあるのでリースでも作ろうかしら?

その他、常緑のヤブランをトクサと同じく地際からザックリ刈りました。これも新旧の葉が混在するよりも更新する方がいいと思う品種です。グラス類のほとんどは年末に刈り込んで、今は新芽がすこし出始めています。

宿根草で古い葉が残っていたら、こんな風に切り戻しをすると、夏にコンパクトで美しい姿を見ることが出来ます。是非やってみてください。

 

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あと植替えも少し。

テラスの花壇は、育ち過ぎ幅り過ぎのローズマリーを若木に更新。これもまたイチから育てていきます。少し場所が空いたので、新しい苗「レンゲショウマ」を植えました。日本特産の銘花で厚みのあるロウ細工のような清楚な花を咲かせます。上手く育つといいな。

過酷な気候変動の中、ストレスレスで育てられる植物は、やはり自生種だと思うんです。でもまだお客様にご紹介できていない素晴らしい日本の植物はたくさんあります。が、まずは自分で育ててみてどうなのか?検証します。そうでないとご質問にも自信をもってお答えできないし、やっぱりオススメも出来ませんから。

レンゲショウマ、咲いたらUPしますね~。

 

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庭仕事を終えて、部屋に入ると・・・またもや植物を触ってるワタシ(^^;

庭で咲いていた花をいくつか摘んでアレンジメントをひとつ作りました。

 

ヘレボラスとニオイスミレ。スミレは一部根付き。庭の景色をそのまま持ち込んだようなアレンジです。部屋に春の香りが!

 

こうして庭の花を摘んで活けられる季節がまた巡ってきました。

 

 

追儺

古来、季節の変わり目には鬼が出てくるとされていました。鬼とは、病気やら不幸やら不作やら悪いことすべての「象徴」です。今なら新型コロナウィルス肺炎がまさにそう呼べるかと。そして世界で広がりつつあるアジア人に対する偏見の心も鬼でしょうか。

しばらくは続くであろうこの不穏な雰囲気。でも今日ぐらいは、そんな目に見えない鬼に豆を打ち、気晴らしをしたいものです。

 

例年通り節分の室礼。豆に鬼ならぬお多福の面を添えて。

 

明日は立春。春の気配が感じられる頃という意味ですが、2月ですから寒いのは当たり前。立春は寒さのピークとも言えます。

立春を迎える喜びとは、寒さに中に一瞬のゆるみを感じること。峠を越えた瞬間、ふと次を感じさせてくれるような景色をみると、安堵と期待が混じったような嬉しい気持ちになります。

例えば、玄関先の坪庭に咲く椿。冬になると咲く花です。厚い葉は少しづつ力を増していく陽の光を照り返し光っています。そんなところに寒さのゆるみを感じ希望を重ねるのです。

庭ある暮らしは、このように僅かな変化を前向きなものと捉えます。それが気晴らしにもなるように思います。

 

 

餅花の向こうに見えるのは坪庭。ただいま椿が満開です。

 

木偏の春と書く椿は春を呼ぶ花。

 

龍(ドラゴン)のオブジェの近くにまだ色艶の残る落椿。

 

とはいえ、今年は暖冬。何となく椿もほっこりとして見えます。

それにいつもなら、ヒヨドリが椿の蜜を求めて花を食い荒らすところ、今年は割と綺麗に残っています。彼らは他に食べるものがいっぱいあるのかしらね?

 

 

ディスプレイガーデン、ようやく紅葉の見頃です

ディアガーデンのテラスで育てているイロハモミジが、ようやく紅葉の見頃を迎えました。

昨年に比べ10日以上は遅いような???今年は真っ赤になるというより、グラデーションがきれいです。

むかし手入れのときに折ってしまったところや、台風で葉先が痛んでいるところ、蓑虫にうっかり葉を食べられてしまって丸裸の枝もあるし・・・完璧とはいえない姿ですが、それでもたくさんの葉が残り、感動のフィナーレを迎えようとしています。

一年間、庭仕事に精をだして、そのご褒美にこの景色。感動しないわけがない。

当のモミジはといえば、来年また美しく成長する準備を、静かに着実にすすめ、いままさに最後の仕上げに取り掛かっている段階。

 

晴れた日の赤は、透明感があって何とも美しい。

 

このモミジだけではなく、多くの落葉樹は、冬支度を夏頃から始めます。

徐々に活動を弱め、体内の水分を減らし、休眠に入る前には、葉っぱに蓄えた栄養を分解して幹や根っこに送ります。必要なくなった葉は、枝との間に分離層を形成して、あとは風に吹き飛ばしてもらうのを待つばかり。この流れが表面上は紅葉~落葉となって表れているの。

傍で見ていていつも思う。君は一生懸命生きてんなーって。突然連れてこられたこの狭い庭の片隅で、文句も言わず(言ってるかもしれないけど)自分を育ててさ、それでいつの間にかこの場に適応しちゃって。

植物は自分で動けないだけに、適応能力が本当に素晴らしい。

・・・そんなことをツラツラと思いながら、毎日紅葉を愛でています。しかも独り占めです(^^*

 

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朝、リビングに入るとまずこの景色↓

 

小さなリビングなので、視線が外に抜けるように意識した設計です。

 

部屋から、また、庭に出て、毎日同じようで新しい景色を見てる。

インテリアと違って庭は、四季折々、自動的に景色が変わってくれるから、本当に飽きません。

 

ガーデンテーブルに映るモミジ。床紅葉風に撮ってみました(^^*

 

ダイニングテーブルは黒ではありませんが、結構映ります。夏の青葉も綺麗に映るんですよ。

 

日が落ちてからも、庭はまた変わる。満ちていく月と紅葉。

 

散り紅葉も含め、まだ来週いっぱいは楽しめそうです。

堆肥にするのでその落ち葉を集めたり、宿根草の枯れた部分を整理して、トクサもざっくり地際で刈ったり、寒さ除けにマルチングを施したり、あと諸々。今年のガーデニングの仕事納めもそろそろ。皆様も暖かい日を選んでやっちゃいましょう!

13日には正月事始め、ですね。あぁ、年賀状、まだ買ってない・・・(^^:

なんだか気ぜわしくなって参りました。

 

 

フライング十三夜

今夜は十三夜です。

関西は台風19号の進路からはそれましたが、恐らく観月は望めない・・・(ノД`)

先月の十五夜は晴れていて、でもちょうど工事の真っ最中で、帰宅途中に眺めただけという味気ないものでした。十三夜こそはまったりと!と思っていたのにな。

それで昨夜フライング。

 

十三夜直前の月。昨夜は時折雲がかかりながらも綺麗に見えました。

 

昨夜、月を撮っていて感じたのですが、雲一つない空に月がポツンというのは、確かにスッキリとしていますが、面白みに欠けるなぁと。

「月に叢雲(むらぐも)花に風」という諺をご存知でしょうか?良いことには邪魔がはいりやすく、長続きしないものだという意味で、普段あまり使わないけれども。

でも、月に雲、花に風は、自然の中ではそう悪いものではありません。それが自然の摂理ってもんでしょうし、だからこそ人は一層儚く美しいと感じるのかもしれません。そもそも自然界には「邪魔もの」という考えはないでしょう。

何か起こっても自分を見失わないこと、無理に流れに逆らわないこと、自然界ではそんな風に乗り切っているように見えます。少しでも真似出来たらと思いますが、なかなかねぇ。

 

十三夜の室礼。薄と庭のフジバカマ・紫蘭の実を活けています。イガ栗は栗名月に因んで。

 

そういえば、先日ノーベル化学賞を受賞された吉野彰氏の会見の中で、とても印象的だったお話。

「われわれ人類は、自然現象の中で、本当に理解しているのは、たぶん1%か2%ぐらいだと思う。98%、99%は未知の哲学の状態で、いろんなことが横たわっている。そういうのをチャレンジすれば、必ず誰か、とんでもないものを見つけ出す。とんでもないものを発明すると。そういうことをぜひ、伝えたいと思っている」

吉野氏のような化学者が、自然を見よといわれていることに、大変感銘を受けました。